おはようせかい
昨晩は個人有料遠隔のお仕事でしたので、就寝が遅くなり。
今起きました😪
今日、目が覚めて最初に目にした風景はコレ。
ワカル?眠いのこらえながらおかさんを見守って(監視?(笑))る。
眠っている私を見つめていることはものすごく多いそうです。彼女。
以前ほど酷い分離不安症はレイキを流していることもあり、だいぶ落ち着いたんだけど。
いつも
「おかさんはうめを置いてきぼりにしたりしないよ。お出掛けしても必ず帰ってくるからね。安心してね。」
と言い聞かせてるんだけどなぁ…
それとも私の無意識的な罪悪感がそうさせているのだろうか。
私が中学生の頃、私の留守中に両親の手によって捨てられてしまった子猫の“あやめ”ちゃんの魂も入っているのだろうか。
そして今気がついたのだけど、私はそんな両親を未だに赦せてないんだなと気がつきました。
思い起こせばあの瞬間、彼らに対する拭いようのない不信感が生まれて、まるで五寸釘のように私の心臓に刺さっていました。
(実際に自己霊視(ビジョン化)すると刺さっているのだが)
以来、常に、意識的にも無意識的にも両親に対するうっすらとした不信感というのはつきまとっていました。
両親を愛してはいるが心から信頼はしていないと云うね。 両親を愛してはいるが尊敬はできないと云うね。
もちろんそれだけではなく、 全ての子供というのは親が思ってる遥か以上に親の言動を恐ろしいまでに見つめていますから。
全ての子供というのは、今たった今大人になっているあなた自身も含まれます。
聞きたくない認めたくない人もいるでしょうけれども、 我が子の言動は全て自分の無意識的な言動です。
良きこともそうでないことも。
例えば、「なんでこの子、言うこと聞いてくれないんだろう。この子、大嫌い。」と思っている時、「なんで私うまくできないんだろう。私なんて大嫌い。」と思っているわけです。
親という存在は毒でもあり薬でもある。
毒と薬を兼ね備えているのが親という存在です。
これは何も私が安直に考えたことではなく、人間の輪廻システムとして組み込まれている命題と課題ですから。
毒も薬もバランスの問題。
さておき。
犬や猫動物が好きじゃない人はそんな些細なことで?と思うことでしょう。
しかし私に限らず、人間というのは、そんな些細なこと(とされているもの)が、とてつもない澱になることは往々にしてあるのです。
解りやすい虐待となればそれはもちろん言わずとも知れたこと。
気がついたということは、この猫捨ての件に関して、ほんの少し彼らを赦せるタイミングに来てるんだろうな。
何度も言うが、人に指摘されると反発(抵抗)が起きたりするが、自分で気づく方がストンと腑に落ちて 手放すことができますからね。
また、セラピストなどに指摘されても腹が立ったりせずに、あーなるほど〜…と思っている時点でもう手放せてるって事ですよ。
私信
昨晩のクライアント様ともちょっと電話でお話ししたのですが、「今までめぐみさんが言ってたことが頭ではなんとなく理解出来ててもホントは腹からは解りたく無かっただけなんだったんだ!今、今、腑に落ちた!」とおっしゃっておられましたが。
そう。そういうことよ😇フフフ
今起きました😪
今日、目が覚めて最初に目にした風景はコレ。
ワカル?眠いのこらえながらおかさんを見守って(監視?(笑))る。
眠っている私を見つめていることはものすごく多いそうです。彼女。
以前ほど酷い分離不安症はレイキを流していることもあり、だいぶ落ち着いたんだけど。
いつも
「おかさんはうめを置いてきぼりにしたりしないよ。お出掛けしても必ず帰ってくるからね。安心してね。」
と言い聞かせてるんだけどなぁ…
それとも私の無意識的な罪悪感がそうさせているのだろうか。
私が中学生の頃、私の留守中に両親の手によって捨てられてしまった子猫の“あやめ”ちゃんの魂も入っているのだろうか。
そして今気がついたのだけど、私はそんな両親を未だに赦せてないんだなと気がつきました。
思い起こせばあの瞬間、彼らに対する拭いようのない不信感が生まれて、まるで五寸釘のように私の心臓に刺さっていました。
(実際に自己霊視(ビジョン化)すると刺さっているのだが)
以来、常に、意識的にも無意識的にも両親に対するうっすらとした不信感というのはつきまとっていました。
両親を愛してはいるが心から信頼はしていないと云うね。 両親を愛してはいるが尊敬はできないと云うね。
もちろんそれだけではなく、 全ての子供というのは親が思ってる遥か以上に親の言動を恐ろしいまでに見つめていますから。
全ての子供というのは、今たった今大人になっているあなた自身も含まれます。
聞きたくない認めたくない人もいるでしょうけれども、 我が子の言動は全て自分の無意識的な言動です。
良きこともそうでないことも。
例えば、「なんでこの子、言うこと聞いてくれないんだろう。この子、大嫌い。」と思っている時、「なんで私うまくできないんだろう。私なんて大嫌い。」と思っているわけです。
親という存在は毒でもあり薬でもある。
毒と薬を兼ね備えているのが親という存在です。
これは何も私が安直に考えたことではなく、人間の輪廻システムとして組み込まれている命題と課題ですから。
毒も薬もバランスの問題。
さておき。
犬や猫動物が好きじゃない人はそんな些細なことで?と思うことでしょう。
しかし私に限らず、人間というのは、そんな些細なこと(とされているもの)が、とてつもない澱になることは往々にしてあるのです。
解りやすい虐待となればそれはもちろん言わずとも知れたこと。
気がついたということは、この猫捨ての件に関して、ほんの少し彼らを赦せるタイミングに来てるんだろうな。
何度も言うが、人に指摘されると反発(抵抗)が起きたりするが、自分で気づく方がストンと腑に落ちて 手放すことができますからね。
また、セラピストなどに指摘されても腹が立ったりせずに、あーなるほど〜…と思っている時点でもう手放せてるって事ですよ。
私信
昨晩のクライアント様ともちょっと電話でお話ししたのですが、「今までめぐみさんが言ってたことが頭ではなんとなく理解出来ててもホントは腹からは解りたく無かっただけなんだったんだ!今、今、腑に落ちた!」とおっしゃっておられましたが。
そう。そういうことよ😇フフフ